シロとクロとその間の世界

雑記BLOG/趣味のない転勤族妻が生活に楽しみを見出すために書く/健康になりたい/ドラマ好き/英語勉強中

どうして私ばっかり、といつも思っています

「『どうして私ばっかり』と思ったとき読む本」(石原加受子、PHP文庫)読了した。

 

目からウロコの内容だった。

まるで自分のことが書かれているかのようだった

 

仕事や家庭において、まだ会話もなにも始まってないとき、もしくは誰かに声をかけられただけですでに「不機嫌」になっていることがある。

そして「そっけない」態度をとってしまう。

 

さらに困ったことに、私は嫌な出来事があってもその場ですぐに気が付けないことがある。時間がたってから「そういえばあのとき言われたこと、すごく腹が立つ」とか、「あのときされたことにはこうゆう意味があったんだ、ひどい」といった思いが沸きあがってくる。

そしてずっとモヤモヤする。

 

そして自分の中でそのモヤモヤを解消できないままずっと抱え込み、思い出しては相手にムカついたりイライラしたりする。そしてできるだけその人を避けようとする。それでもどうしても関わらなければいけないときは、自分を押し殺して我慢する。

 

こういった行動は自分の感情を相手に表現するためにしていることだと思っていた。そっけない態度をとることで、相手に「私はあなたにムカついてますよ」「私はあなたが嫌いです」と伝えているつもりだった。そのような態度をとることができない相手(例えば先輩など目上の人)の場合は、そういった感情を我慢して接するようにする。

 

これは自分が十分に自分の感情と向き合ってしていることだと思っていた。

 

この本を一箇所だけ引用させていただく(参考になる文章がたくさんあり過ぎてキリがないので一箇所だけ)。

 

 ~どんなにあなたが「相手が悪い」と心の中で責めていても、あなたが「損する」状況は変わりません。あなたが自分中心になって、それを自分のテーマとしたときに初めて、「損しない」生き方やその能力やスキルを、あなた自身が獲得できるのです。

 

「『どうして私ばっかり』と思ったとき読む本」(石原加受子、PHP文庫、p52より引用)                

 

 

私は楽なほうに逃げているだけだったと思う。

自分のことは顧みず相手ばかりを責め続け、自分の感情を押し殺したほうがずっと楽だ。それに相手に「自分はこう思う・こうしたい」と伝えることで、気まづくなったり拒否されるのが怖い。

 

でも、自分の中にある嫌だった、ムカつく、という気持ちは紛れもなく自分の感情なのだ。それを隠して、なかったことにして生き続けるのはある意味自分の存在を抹消して生きていることにもなる。自分が自分の感情を認めず、抹消して生きていることになる。

 

この本は「自分の感情」を感じ、受け止め、それをもとに行動すること=真の意味で「自分」として生きていくこと、が書かれてある。それは私が思っていたより攻撃的な方法ではなかった。

もしこの本に出会えてなかったら、私はずっと人を恨み続けるだけで人生終わっていたかも知れない。自分の感情を見つめ、受け入れ、育んでいけることを学んだ。

相手に自分の感情を伝えること、表現することはすぐできるようにはならないかも知れない。でも自分主体で感じられる心に変えていくことで、ものごとの見方も変えていけるはずだ。どうして私ばっかり、と思う自分から脱出するスタートになるはずだ。

 

f:id:missinglightblue:20180829134833j:plain