シロとクロとその間の世界

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自分の老い先について思いを馳せる

30歳を過ぎて何年か経った今、老いについて考えるようになった。

 

高齢化社会、それに伴う社会的な負担、親の介護問題、それに伴う個人的な負担、家族への負担、そして最後に自分が高齢者になったときの心配・・・

 

考えれば考えるほど問題が山積みのような気がして、暗い気持ちにしかならない

( ゚Д゚)

 

年を取ると、見た目に何もかもが表れてくる。

生まれ持った美醜よりも、それまでの経歴(どう生きてきたか?、何をしてきたか?)が表れてくる

 

例えば紫外線対策に余念がなかった人は比較的シミとかシワは少なく肌の美白を保っているかも知れない。ずっと運動を欠かさなかった人は、年齢の割に均整のとれたプロポーションをしているかも知れない。

 

でも、それは美容的な意味だけではない

 

なんというか、もっと生々しい感じのことだ。

どんなに努力しても抗えない部分もある。

肌の水分は劇的に減少してしぼむし、体の筋肉も減って贅肉と皮だけが残っていく

髪の毛の色と量は薄くなり、ハリも無くなる。

若い頃との違いに愕然とするぐらい。

時間の経過による人間の見た目の変化は、暴力的なぐらい大きい

そして、その人の性格もはっきりと見た目に表れてくると思う。

どんなに気を付けていても心配ごとばかり、怒ってばかりの人は眉間にシワがあったり、ずっと下を見て歩いている人は顔の筋肉が落ちていたり。

 

老いるとごまかせないことがたくさん見た目に表れてくるのだ。化粧や運動、治療ではもうどうにもならない部分をどうしても抱えなければいけない。

若さがあれば修正ややり直しが効くことも、できないことが多い。

それを抱えながら、生きていかなければいけない。

それは誰でも平等だ。

 

そうゆう「ごまかせない老い」と、高齢化社会の問題につきまとう「重い気持ち」など、高齢者について思いを馳せるときに私は暗い気持ちになりがち

 

でも今まで長い人生をずっと生きて来て最後に迎えるのがこんな重くて暗い壮年期とは、まるで希望がない

 

ずっと人間が頑張って生きてきたご褒美がこれなの?と思う。

 

もし人生100年時代と言われる今、自分も高齢者と言われる年齢まで生きられるとしたら、どんな高齢者になりたいか自由に考えてみた。

 

わたしはシワもシミもあってもいい(ないほうがいいけど)。多少筋肉が衰えても構わない。

でもやっぱり、できるだけ若く見える、健康で美しい高齢者になりたいと思う(笑)女性ならそう思う人は多いはずだ。

そして、悲壮感ただよう気難しい雰囲気のおばあさんよりも、いつも笑っているそしてこれまでもたくさん笑って過ごしてきたんだろうな、と思われるおばあさんになりたい。

趣味もあったほうがいい。

人に何か教えられるスキルがあったほうがいい。

パソコンとか、SNSとかもできたほうがいい。

運動もできたほうがいい。

たくさん歩けたほうがいい。

骨も強いほうがいい。

そして、孤独と仲良くできる人でありたい。

そして、周りの人にもなるべく迷惑はかけたくない。もし周りの人の助けを借りなければならない状況であっても、自分のことは自分の問題なんだと最後まで引き受ける覚悟を持ちたい。

さらに、やっぱりお金もあったほうがいい(^^;

われながら欲張りだと思う。

 

そう思うと今からでも何か始めなければ、という気持ちになってくる。

 

ずっと長い人生を生きてきたご褒美、とは自分が人生をかけて築き上げるものなのかも知れない。社会や他人から与えられるものではなく、過去の自分が未来の自分に捧げるものなのかも知れない。

 

高齢者になる前にわたしが死んでしまったら、老い先まで考えて今を生きることは意味ないのかも知れない。

・・・Σ(゚д゚lll)ガーン

でも自分のために自分の責任でしていたことなら、成果が表れるまでに死んでも納得できる・・・ハズ。