シロとクロとその間の世界

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こころの奥底の声に耳を傾けよう――「わたしはたくさん買い物がしたい」

本当は買い物大好きなわたしだが、それと同時に貧乏性でもある。

そんなわたしだが、もうすぐ誕生日。

そして、あと2年でアラフォーになってしまう・・・。

この2年は貧乏性をこらえて、自分の好きな買い物をめいっぱい楽しみたいと思うようになった。

 

なぜ買い物が好きかというと「おしゃれな人になりたいから」だ。

中高生のころのわたしは頭のいい子より、おしゃれだったり可愛かったりおとなっぽくてキレイな子に憧れを持っていた。

おしゃれや可愛さやキレイさを持っていない自分に、コンプレックスを持っていた。

そしてそのころからもう20年ぐらい経つのに、いまだにそこから抜け出せないというわけだ。

 

さらに10代の頃は親に養ってもらっているわけで、自分の欲しいものを自由に買うことができないという制限もあった。

欲しいものがあるのに、我慢しなければならない。

でも、欲しいものを夢見る欲望は果てしなく続く。

我慢せずに好きなものを買えることを、10代の長い間祈っていたのだ。

そんな蓄積した欲望も、いまだに心の中に根付いているというわけだ。

 

そんな強い欲望を抱えているくせに、小心者で貧乏性なわたしは、大人になってからも欲しいものを素直に買うことができなかった。

欲しいものがあっても、それに似た安いものを買ったり(結局使わない)、「給料日が来てから・・・」とか考えて結局買わずにシーズンを逃してしまったり・・・。

自分の欲望を満たしてあげることができずにいた。

10代のころの我慢を、大人になってからも引きづっていたのだろうか。

「我慢=いいこと」という意識がわたしのこころを支配しているところがあった。

 

30歳も過ぎた立派な大人があきれる。

でも、「もしなんの制約もなく好きなことができるとすれば、何がしたい?」と聞かれたとき、

わたしの答えは旅行や観光でもなく、

読書や映画や観劇でもなく、

「好きなだけ買い物をして、それで手に入れた服や化粧品やアクセサリーを身に着けて街を歩きたい!!」

ということだ。

もう一度書くが、30歳も過ぎた立派な大人があきれる。

 

自分で言うのもなんだけれど、わたしは決してそんなこと考えているようには見えないと思う。

真面目な、暗い、地味な人間だ。

でも10代から心に抱えているこの欲望を突破できなければ、次のステップへも進めない気がする。

いつかきっとわかる。

お金で手に入れられないことのほうが、価値のあることが。

そして買い物だけでは、虚しさを感じるようになることが。

でも、自分の欲望のために行動する(好きなものを好きなだけ買う)、というプロセスを経なければきっとわからない。

頭でわかったつもりになっていても、実際行動で体得しないと意味がないと思う。

 

頭でばっかり考えて、わかったつもりになって我慢するだけでは耐えられない。

 

アラフォーになる前の貴重な残りのこの時間。

ほかにやることがたくさんあるでしょうと言われればそれまでだ。

実際わたしの意識の中でも「そんなことしてないでもっと社会的に認められることをしなさいよ」という声も聞こえてくる。

 

自分でももっと高尚な欲望はないのか、と思う。

先にも書いたが、旅行や観光、観劇とか、スポーツとか。

でも・・・・・・

・・・・・全然興味ない!!(笑)

 

なんの教養も知識も感じられない、短絡的なこの欲望。

むしろこの人間性

本当にあきれる。

 

でも、自分の中にある欲望をかなえられないで、自分が自分で自分を幸せにできないで、だれが自分を幸せにしてくれるだろう?

自分の中にある幸せの尺度を誰が理解してくれるだろう?

それはわたししかいないはずだ。

我慢ばかりして鬱屈した気持ちで、窮屈に日々を生きていくなんて耐えられない。

そんな必要もない。

後悔を恐れているだけでは、前には進めない。

 

そんなこんなで限られたアラフォーまでの残りの期間、わたしは世間のアラサーが必死に仕事や子育てをしている中、買い物を本気で頑張ることにした。