ドラマちっくな人生

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【M~愛すべき人がいて~】上手なことだけに価値があるわけではないと信じたい

「M~愛すべき人がいて~」(テレ朝)の主人公・浜崎あゆみを演じる安斉かれんさんは、なんと演技初挑戦。異例の大抜擢となった。

 

初回の放送を見た人の中で、彼女の演技を上手いと思った人はあまりいないかも知れない。少なくとも私は、あまりのたどたどしさにビックリした。

 

でも、だからこそ、彼女を起用したことに価値があるとも思った。

 

売れて有名になりたいと願う「あゆ」。今でこそあの伝説的な、カリスマ性の高い姿しか思い浮かばないけれど、そんな彼女も普通の女の子からそのキャリアを始めたのだ。

 

安斉さんの演技は、上手さという点からはかけ離れたものであるかも知れない。でも、彼女から発せられる初々しさは、デビュー前の「あゆ」を見事に映し出しているのではないだろうか。

 

どこにでもいるような普通の女の子である部分と、磨けば光るカリスマ性を感じさせる部分。当時の「あゆ」の持つ二面性が、安斉さんの存在そのものから感じられる。

 

それは彼女が意図しているというよりも、演技初挑戦で、今しかない若さによる輝きを持つ彼女の存在そのものから発信されるものだと思う。

 

演技の上手下手は俳優にとって、確かに大事な要素だ。しかもインターネットが普及して、不特定多数の人が意見できる今の社会であれば、誰にでもわかりやすいその評価は瞬く間に広がってしまう。

 

ところが、このドラマ、そして彼女の演技を見て感じたのは、「上手」であることだけに価値があるわけではないということ。さらに「上手」なことだけに価値を置くだけでは、つまらないということ。

 

上手下手だけでの評価では、見出せない魅力が確かに存在する。

 

さらに演技初挑戦で年齢も若い彼女は、おそらくここから最終話に至るまでに、いろんなことをどんどん吸収して成長していくだろう。その姿がまた、「あゆ」の成長とも重なるだろう。

 

今この瞬間にしか感じられない魅力。

 

経験値や技術だけでは計り知れない魅力。

 

そしてこの先の可能性を感じさせる魅力。

 

その人がいるだけで発せられるこのような魅力は、確かに存在する。演技の上手い・下手だけで割り切ってはつまらない。もっとこのような魅力にも目を向けていこうではないか。

 

このドラマや安斉さんの演技を見た後、そのようなことを考えたのだった。